もの書く猫

夢見の鳥 {Ⅷ}

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「何もかも、夢の通りだ。誰か、火を」

王の言葉を受けて速やかに進み出た兵が、篝火を粗朶(そだ)に移して差し出した。

フレゼリクは、それをクルスに近づけた。炎に炙られたクルスは一瞬、歪んで膨れ上がったかに見えたが、や

がて、息を詰めて見守る彼の目の前で、表面がふつふつと泡立ち始め、続いて輝く水となってしたたり落ちた。

火を遠ざけると、クルスはまるで炎に表面を洗い流されたかのように、新たに純金の地肌を現していた。

 

そこにひとつの紋章を認めて、突然、フレゼリクの胸は高鳴った。


まぎれもなく、ユングバルドの双頭の鳥だった。

さらに、その下に刻まれた文字!

   『わが血を受けし子に与える  ランツ候ヨーゼフ』
 

フレゼリクは驚嘆の声とともにそれを読み上げた。

「ランツ候――亡くなった叔父上だ! 見よ、グィード! 彼が、これをそなたに与えたのだ」

 

思わず処刑台に駆け上がった主を見上げた従者の顔には、常にない動揺の色があった。

「いいえ、そんなはずはありません。私の父はトゥーラン王、グスタフ・カールフェルトです」

「いいや、よく見るのだ。ここにはっきりと書いてあろう、『わが血を受けし子』と。この文言は、そなたがランツ

候の子息である証にほかならぬ」



「お待ちくだされ、陛下。かように、ことを急いてはなりませぬ」
 

それまで無言でなりゆきを窺っていた、大叔父アクセル公が口を挟んだ。

「ヨーゼフ殿下が、そのロザリオを御子に与えられたのは、まず紛れもないことでしょう。

 しかし、なぜトゥーラン人であるグィードの母が、これを持っていたのか。
 

そもそも、彼女はグスタフ王の寵姫であったはず。
 

先の王弟殿下と密通して子をもうけたなどという話は、あまりに馬鹿げていますぞ」

 


フレゼリクは家来たちを見渡した。

「このなかに仔細を知るものはおらぬか」

短い静寂のあとに、深みのある声が響いた。

「それがしに、いささか覚えがございます」
 
 

館から、フレゼリクの後を追ってきた、オードニムの領主クロンクビストだった。

壮年の騎士は確かな足取りで進み出ると、処刑台の下に片膝をついた。

「面を上げよ、騎士クロンクビスト。そして、そなたの知るところを語ってくれ」
 
 


君主を見上げた無骨な顔は一徹そのものだったが、青い目には、晴れ晴れとした喜びが宿っていた。

「それがしは、早世されたヨーゼフ殿下の乳兄弟でございました。殿下を囲み、われらが仲間と共に過ごした

若き日の思い出は、とても一夜では語りつくせませぬゆえ、今は最も肝要なことのみ申し上げましょう。

殿下は自由奔放なお人柄でした。
 

竪琴の名手でいらした上に、さまざまな土地を見聞して歩かれるのがお好きでした。
 

当時は他国との通行も今よりずっと自由でしたので、行く先々で身分を隠されての冒険を楽しんでおられまし

た。
 

もちろん、トゥーランにもよくお出かけになったものです。
 

旅の楽師というふれこみで、グスタフ王の御前で竪琴を演奏なさったと、ご自慢げに語られたこともございま

す。

 また、グィード様の母君、佳人の誉れ高いソニヤ様は、もとは歌姫のご身分でしたが、グスタフ王のお目にと

まってお側に召されたと聞いております。
 

このようなお二方が宮廷の宴で出会って恋に落ちられたとしても、何の不思議もありますまい。
 

ここからはそれがしの推測にすぎませぬが、ソニヤ様は、グィード様をトゥーラン王の御子としてお育てになる

ことを決意され、殿下から授かったクルスを、闇の細工師の手で封印させたのでございましょう。

 
それがしはずっと田舎に引きこもっておりましたので、グィード様にお会いする機会はございませんでしたが 

今、こうして拝見いたしますと、涼やかなお目のあたりが、まこと、殿下に良く似ておられまする」


騎士は、屈託のない笑顔とともに、話を締めくくった。

息をのんで耳を傾けていた者たちは一人残らず、声もなく立ちつくしている。



「間違いない。やはり、そなたは私の従兄だ。それを今まで知らずにいたとは――」

 夢心地で呟くフレゼリクの顔を、グィードは、はじめて見るかのようにまじまじと見返した。 
 

突然、王の胸に激しい歓喜が湧き上がった。
 

膝を折ると、両腕に力を込めて従兄を抱きしめ、その肩に額を押しあてた。

やつれた面を伏せたグィードは、じっと身じろがない。
 
 

ふたりは互いにこの瞬間を、滔々たる時の流れのひとしずくを、得難い宝石のように感じていた。
 


やがて、フレゼリクは立ち上がって天を仰いだ。

星々の位置は、出陣の刻が迫ったことを告げている。


「グィード、こののちは、ランツ候を名乗るがよい。だが、その前にそなたを騎士に任じなければ」

 略式の刀礼を授けるべく首筋を素手で打とうとすると、相手は素早くしりぞいた。

「その儀はどうかご容赦ください。
 

私が今、騎士の称号を賜れば、あなたは従者なしで出陣なさらねばなりません」

 

予期せぬ言葉に人々は顔を見合わせ、フレゼリクもまた、その真意を測りかねた。

 「何を申すか。代わりの者ならいくらでもいる。たとえばオロフ家の三兄弟の――」
 

グィードは、みなまで言わせなかった。

「聞き捨てなりませぬ、陛下。今日の戦いにあなたに付き従えぬのだけが心残りでしたのに、こうもあっさり別

の者をお名指しとは。
 

では、私は何のために命を助けていただいたのでしょうか」

「……許せ、他意はないのだ。そこまで申すのなら、この戦に限り、私の盾はそなたにまかせよう。それでよい

のだな?」


「ちと強情が過ぎはしまいか、グィード・ブランドレル殿」

アクセル公が再び口をはさんだ。

「王を筆頭に、わが騎士団はいよいよもって強情者ぞろい。覚悟召されよ、おのおのがた」

 老公が張り上げた声音は、苦々しげな表情とは裏腹に十分満足そうだったので、居合わせた男たちはどっ

と笑った。


つられて王も破顔した。

その笑顔こそ、彼の従者がずっと望んでいたものだった。
              






ときの声が上がり、もののふたちはそれに唱和した。

フレゼリク王万歳!
 

夢見の鳥万歳!

われらがユングバルドに栄光あれ! と。


迷いが晴れたフレゼリク王は、勇猛に戦って勝利を得た。

グィードは晴れて騎士に叙せられ、ランツ候になったのだよ。

鳥たちは今、どこにいるのかって?

きっと、霧の深い夕べに現れるという、あのお城にいるのだろう。

いにしえの王や、姫や、騎士たちのまぼろしと一緒に。


覚えておおき、子どもたち。

たとえ時の流れでさえ、すべてを運び去れはしないのだと。






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『夢見の鳥』は、今回で完結いたしました。
お読みくださってありがとうございました<(_ _)>  
                                      
# by jalecat | 2013-04-23 23:37 | 夢見の鳥