もの書く猫

夢見の鳥 {Ⅶ} 


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「誰か、誰かおらぬか!」

王の声を聞きつけた衛兵が駆け寄ってきた。

「いかがなされました」

「マーダフを、私の馬を引け」

「御意!」

 

兵が踵を返して厩舎に向かうより早く、フレゼリクは、自らも処刑場を目指して駆け出していた。

ほんの少しの間も惜しかったのだ。

 

突如、羽ばたきの音が頭上をかすめた。

振り仰ぐと、翼に滴るほどの月光を宿した白鳥が、悠然と追い越していく。

「神よ、我にもあの翼を!」
 

弾む息の下で彼が声を振り絞った直後、背後に馬のいななきが立った。

全身を力強く波打たせ、引き綱を解かれた愛馬マーダフが駆けて來る。
 

賢い馬は主に追いつくと長い首を低く垂れたので、フレゼリクは神に感謝しつつ、厚いたてがみを掴んで、難

なくその背に飛び乗ることができた。


(どうか、間に合ってくれ)


それだけを念じて、銀の髪を月下の河面のごとくなびかせ、フレゼリクは、オリグルを追って疾駆した。


物見塔の哨兵たちは、目の前を飛び過ぎたオリグルに気をとられていたが、マーダフの蹄の響きに、我に返

って一斉に弓を引き絞った。


「何者だ、止まれ!」

「控えよ、王がわからぬか!」

走り抜けざまに放たれた一喝に、一同はいろめきたった。


「おお、あの銀のお髪は、まさしく――」

「ただごとではない、我らも――」

 叫び交わす声がフレゼリクの耳をかすめ、またたく間に遠のいた。

 


まもなく、天にそびえる主塔が、行く手に黒々とした姿を見せた。

塔の背後には天然の要害、アスケル山の絶壁がそそりたち、その裾に位置する刑場には、時ならぬ篝火が

燃えている。

木の間がくれに見えるその火が、フレゼリクにはひどく遠くに思われた。



(間に合わぬのか……)
 
 

あきらめが、ちら、と胸をよぎった刹那、先導のオリグルが一声、長々と鳴いた。

その高く澄んだ声は、凍てついた空気を裂いて青白い火花を走らせた。


刑場の遥か上空で、もうひとつの声がそれに応えた。

と、同時に闇色の鳥が、軍神テュールが放った矢のごとく降下した。

 

 
立ち会いの人々が驚き騒ぐ中、フレゼリクは蹄の音高く刑場に駆け込んだ。

 
斧を手にして呆然と立ちつくす刑吏と、その前にひざまずく従者の顔が見えた。

その肩で、堂々と翼を広げた黒鳥が、周囲を睥睨している。

マーダフから飛び降りたフレゼリクの足元にも、柔らかな羽音とともに、白鳥が舞いおりた。


「陛下!」

目をむいているアクセル公に、フレゼリクは激しい剣幕でつめよった。

「なんと出過ぎたまねを! 私がいつ、あなたにグィードの処刑を命じたか?」

公爵は大時代な具足をきしませて後ずさりした。

「そのようなお叱りを受けるとは心外な。
 

私は別段、出過ぎたとは思いませぬ。これがあなたにとっても、わがユングバルドにとっても、最良の方法と

考えたまでのこと。
 

どのみち彼を生かしておく手立てはないのですぞ」

 
フレゼリクは、身のうちの激情が急速に冷めていくのを感じた。


(彼の言は正しい。無我夢中で駆けつけてきたものの、私はただ刑の執行を延ばしたにすぎぬ) 


万策つきた思いで視線を落とした拍子に、ふと、胸元のロザリオに目がとまった。

同時に、あの謎の細工師の言葉が、脳裏によみがえった。
  

 ――奥方様にお伝えくだされ。炎が真実に導く、と……。 



「グィード」

不思議な思いにかられて、彼はおのれの従者に呼びかけた。

「つい先ほど、夢でこのロザリオと同じ物を見た。
 

オリグルの夢ゆえ、何かいわくがあろう。そなたはこれをどうやって手に入れたのだ」

 
処刑台にあってなお、もの静かな声が答えた。

「それは、私がまだトゥーランにおりました幼いころ、死の床にいた母から渡されたものです。
 

命あるうちは決して人に見せてはならぬと言われ、見せぬと誓いました」


「母御から譲られたと申すか。
 

しかし、このクルスはとても人の手で作られたとは思えぬ。
 

今はこのとおり青白く燃えているが、先ほどは、たしかに七色の光を放っていたのだ」

 
 

周囲にはいつのまにか、異変を知って馳せ参じた男たちの人垣ができはじめていたが、その間から、がらが

らのしわがれ声が上がった。


「おそれながら、陛下。
 

それがしはその昔、ミルドベリにかような細工をする者がおると耳にしたことがございます」

「おお、その声はノルド伯だな」

「さよう、ノルドの爺めで。して、その者らは錬金術に携わる一族とか。
 

おそらくその金属は、彼らが用いるところのアシャンと推察いたしまする」


「アシャンか。その名は、私も聞いたことがある。
 

グィード、母御はこれをそなたに渡すときに、何か言い残されはしなかったか」


「はい。炎が真実に導くと――」
by jalecat | 2013-04-19 13:37 | 夢見の鳥