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もの書く猫

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夢見の鳥 {Ⅷ}

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「何もかも、夢の通りだ。誰か、火を」

王の言葉を受けて速やかに進み出た兵が、篝火を粗朶(そだ)に移して差し出した。

フレゼリクは、それをクルスに近づけた。炎に炙られたクルスは一瞬、歪んで膨れ上がったかに見えたが、や

がて、息を詰めて見守る彼の目の前で、表面がふつふつと泡立ち始め、続いて輝く水となってしたたり落ちた。

火を遠ざけると、クルスはまるで炎に表面を洗い流されたかのように、新たに純金の地肌を現していた。

 

そこにひとつの紋章を認めて、突然、フレゼリクの胸は高鳴った。


まぎれもなく、ユングバルドの双頭の鳥だった。

さらに、その下に刻まれた文字!

   『わが血を受けし子に与える  ランツ候ヨーゼフ』
 

フレゼリクは驚嘆の声とともにそれを読み上げた。

「ランツ候――亡くなった叔父上だ! 見よ、グィード! 彼が、これをそなたに与えたのだ」

 

思わず処刑台に駆け上がった主を見上げた従者の顔には、常にない動揺の色があった。

「いいえ、そんなはずはありません。私の父はトゥーラン王、グスタフ・カールフェルトです」

「いいや、よく見るのだ。ここにはっきりと書いてあろう、『わが血を受けし子』と。この文言は、そなたがランツ

候の子息である証にほかならぬ」



「お待ちくだされ、陛下。かように、ことを急いてはなりませぬ」
 

それまで無言でなりゆきを窺っていた、大叔父アクセル公が口を挟んだ。

「ヨーゼフ殿下が、そのロザリオを御子に与えられたのは、まず紛れもないことでしょう。

 しかし、なぜトゥーラン人であるグィードの母が、これを持っていたのか。
 

そもそも、彼女はグスタフ王の寵姫であったはず。
 

先の王弟殿下と密通して子をもうけたなどという話は、あまりに馬鹿げていますぞ」

 


フレゼリクは家来たちを見渡した。

「このなかに仔細を知るものはおらぬか」

短い静寂のあとに、深みのある声が響いた。

「それがしに、いささか覚えがございます」
 
 

館から、フレゼリクの後を追ってきた、オードニムの領主クロンクビストだった。

壮年の騎士は確かな足取りで進み出ると、処刑台の下に片膝をついた。

「面を上げよ、騎士クロンクビスト。そして、そなたの知るところを語ってくれ」
 
 


君主を見上げた無骨な顔は一徹そのものだったが、青い目には、晴れ晴れとした喜びが宿っていた。

「それがしは、早世されたヨーゼフ殿下の乳兄弟でございました。殿下を囲み、われらが仲間と共に過ごした

若き日の思い出は、とても一夜では語りつくせませぬゆえ、今は最も肝要なことのみ申し上げましょう。

殿下は自由奔放なお人柄でした。
 

竪琴の名手でいらした上に、さまざまな土地を見聞して歩かれるのがお好きでした。
 

当時は他国との通行も今よりずっと自由でしたので、行く先々で身分を隠されての冒険を楽しんでおられまし

た。
 

もちろん、トゥーランにもよくお出かけになったものです。
 

旅の楽師というふれこみで、グスタフ王の御前で竪琴を演奏なさったと、ご自慢げに語られたこともございま

す。

 また、グィード様の母君、佳人の誉れ高いソニヤ様は、もとは歌姫のご身分でしたが、グスタフ王のお目にと

まってお側に召されたと聞いております。
 

このようなお二方が宮廷の宴で出会って恋に落ちられたとしても、何の不思議もありますまい。
 

ここからはそれがしの推測にすぎませぬが、ソニヤ様は、グィード様をトゥーラン王の御子としてお育てになる

ことを決意され、殿下から授かったクルスを、闇の細工師の手で封印させたのでございましょう。

 
それがしはずっと田舎に引きこもっておりましたので、グィード様にお会いする機会はございませんでしたが 

今、こうして拝見いたしますと、涼やかなお目のあたりが、まこと、殿下に良く似ておられまする」


騎士は、屈託のない笑顔とともに、話を締めくくった。

息をのんで耳を傾けていた者たちは一人残らず、声もなく立ちつくしている。



「間違いない。やはり、そなたは私の従兄だ。それを今まで知らずにいたとは――」

 夢心地で呟くフレゼリクの顔を、グィードは、はじめて見るかのようにまじまじと見返した。 
 

突然、王の胸に激しい歓喜が湧き上がった。
 

膝を折ると、両腕に力を込めて従兄を抱きしめ、その肩に額を押しあてた。

やつれた面を伏せたグィードは、じっと身じろがない。
 
 

ふたりは互いにこの瞬間を、滔々たる時の流れのひとしずくを、得難い宝石のように感じていた。
 


やがて、フレゼリクは立ち上がって天を仰いだ。

星々の位置は、出陣の刻が迫ったことを告げている。


「グィード、こののちは、ランツ候を名乗るがよい。だが、その前にそなたを騎士に任じなければ」

 略式の刀礼を授けるべく首筋を素手で打とうとすると、相手は素早くしりぞいた。

「その儀はどうかご容赦ください。
 

私が今、騎士の称号を賜れば、あなたは従者なしで出陣なさらねばなりません」

 

予期せぬ言葉に人々は顔を見合わせ、フレゼリクもまた、その真意を測りかねた。

 「何を申すか。代わりの者ならいくらでもいる。たとえばオロフ家の三兄弟の――」
 

グィードは、みなまで言わせなかった。

「聞き捨てなりませぬ、陛下。今日の戦いにあなたに付き従えぬのだけが心残りでしたのに、こうもあっさり別

の者をお名指しとは。
 

では、私は何のために命を助けていただいたのでしょうか」

「……許せ、他意はないのだ。そこまで申すのなら、この戦に限り、私の盾はそなたにまかせよう。それでよい

のだな?」


「ちと強情が過ぎはしまいか、グィード・ブランドレル殿」

アクセル公が再び口をはさんだ。

「王を筆頭に、わが騎士団はいよいよもって強情者ぞろい。覚悟召されよ、おのおのがた」

 老公が張り上げた声音は、苦々しげな表情とは裏腹に十分満足そうだったので、居合わせた男たちはどっ

と笑った。


つられて王も破顔した。

その笑顔こそ、彼の従者がずっと望んでいたものだった。
              






ときの声が上がり、もののふたちはそれに唱和した。

フレゼリク王万歳!
 

夢見の鳥万歳!

われらがユングバルドに栄光あれ! と。


迷いが晴れたフレゼリク王は、勇猛に戦って勝利を得た。

グィードは晴れて騎士に叙せられ、ランツ候になったのだよ。

鳥たちは今、どこにいるのかって?

きっと、霧の深い夕べに現れるという、あのお城にいるのだろう。

いにしえの王や、姫や、騎士たちのまぼろしと一緒に。


覚えておおき、子どもたち。

たとえ時の流れでさえ、すべてを運び去れはしないのだと。






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『夢見の鳥』は、今回で完結いたしました。
お読みくださってありがとうございました<(_ _)>  
                                      
by jalecat | 2013-04-23 23:37 | 夢見の鳥

夢見の鳥 {Ⅶ} 


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「誰か、誰かおらぬか!」

王の声を聞きつけた衛兵が駆け寄ってきた。

「いかがなされました」

「マーダフを、私の馬を引け」

「御意!」

 

兵が踵を返して厩舎に向かうより早く、フレゼリクは、自らも処刑場を目指して駆け出していた。

ほんの少しの間も惜しかったのだ。

 

突如、羽ばたきの音が頭上をかすめた。

振り仰ぐと、翼に滴るほどの月光を宿した白鳥が、悠然と追い越していく。

「神よ、我にもあの翼を!」
 

弾む息の下で彼が声を振り絞った直後、背後に馬のいななきが立った。

全身を力強く波打たせ、引き綱を解かれた愛馬マーダフが駆けて來る。
 

賢い馬は主に追いつくと長い首を低く垂れたので、フレゼリクは神に感謝しつつ、厚いたてがみを掴んで、難

なくその背に飛び乗ることができた。


(どうか、間に合ってくれ)


それだけを念じて、銀の髪を月下の河面のごとくなびかせ、フレゼリクは、オリグルを追って疾駆した。


物見塔の哨兵たちは、目の前を飛び過ぎたオリグルに気をとられていたが、マーダフの蹄の響きに、我に返

って一斉に弓を引き絞った。


「何者だ、止まれ!」

「控えよ、王がわからぬか!」

走り抜けざまに放たれた一喝に、一同はいろめきたった。


「おお、あの銀のお髪は、まさしく――」

「ただごとではない、我らも――」

 叫び交わす声がフレゼリクの耳をかすめ、またたく間に遠のいた。

 


まもなく、天にそびえる主塔が、行く手に黒々とした姿を見せた。

塔の背後には天然の要害、アスケル山の絶壁がそそりたち、その裾に位置する刑場には、時ならぬ篝火が

燃えている。

木の間がくれに見えるその火が、フレゼリクにはひどく遠くに思われた。



(間に合わぬのか……)
 
 

あきらめが、ちら、と胸をよぎった刹那、先導のオリグルが一声、長々と鳴いた。

その高く澄んだ声は、凍てついた空気を裂いて青白い火花を走らせた。


刑場の遥か上空で、もうひとつの声がそれに応えた。

と、同時に闇色の鳥が、軍神テュールが放った矢のごとく降下した。

 

 
立ち会いの人々が驚き騒ぐ中、フレゼリクは蹄の音高く刑場に駆け込んだ。

 
斧を手にして呆然と立ちつくす刑吏と、その前にひざまずく従者の顔が見えた。

その肩で、堂々と翼を広げた黒鳥が、周囲を睥睨している。

マーダフから飛び降りたフレゼリクの足元にも、柔らかな羽音とともに、白鳥が舞いおりた。


「陛下!」

目をむいているアクセル公に、フレゼリクは激しい剣幕でつめよった。

「なんと出過ぎたまねを! 私がいつ、あなたにグィードの処刑を命じたか?」

公爵は大時代な具足をきしませて後ずさりした。

「そのようなお叱りを受けるとは心外な。
 

私は別段、出過ぎたとは思いませぬ。これがあなたにとっても、わがユングバルドにとっても、最良の方法と

考えたまでのこと。
 

どのみち彼を生かしておく手立てはないのですぞ」

 
フレゼリクは、身のうちの激情が急速に冷めていくのを感じた。


(彼の言は正しい。無我夢中で駆けつけてきたものの、私はただ刑の執行を延ばしたにすぎぬ) 


万策つきた思いで視線を落とした拍子に、ふと、胸元のロザリオに目がとまった。

同時に、あの謎の細工師の言葉が、脳裏によみがえった。
  

 ――奥方様にお伝えくだされ。炎が真実に導く、と……。 



「グィード」

不思議な思いにかられて、彼はおのれの従者に呼びかけた。

「つい先ほど、夢でこのロザリオと同じ物を見た。
 

オリグルの夢ゆえ、何かいわくがあろう。そなたはこれをどうやって手に入れたのだ」

 
処刑台にあってなお、もの静かな声が答えた。

「それは、私がまだトゥーランにおりました幼いころ、死の床にいた母から渡されたものです。
 

命あるうちは決して人に見せてはならぬと言われ、見せぬと誓いました」


「母御から譲られたと申すか。
 

しかし、このクルスはとても人の手で作られたとは思えぬ。
 

今はこのとおり青白く燃えているが、先ほどは、たしかに七色の光を放っていたのだ」

 
 

周囲にはいつのまにか、異変を知って馳せ参じた男たちの人垣ができはじめていたが、その間から、がらが

らのしわがれ声が上がった。


「おそれながら、陛下。
 

それがしはその昔、ミルドベリにかような細工をする者がおると耳にしたことがございます」

「おお、その声はノルド伯だな」

「さよう、ノルドの爺めで。して、その者らは錬金術に携わる一族とか。
 

おそらくその金属は、彼らが用いるところのアシャンと推察いたしまする」


「アシャンか。その名は、私も聞いたことがある。
 

グィード、母御はこれをそなたに渡すときに、何か言い残されはしなかったか」


「はい。炎が真実に導くと――」
by jalecat | 2013-04-19 13:37 | 夢見の鳥

夢見の鳥 {Ⅵ}

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高い丸天井を仰いで、そこに描かれた天界の光景にしばし見入ったのち、フレゼリクは兜を取って、祭壇の前

にひざまずいた。

決戦前夜の切迫した喧騒も、礼拝堂の中までは届かず、厳かな静寂が、蝋燭の炎を慈しむように揺らしてい

る。



 姉の言に従ってここに来てはみたものの、もとより眠るつもりはなかった。

フレゼリクは、指を組んで頭を垂れ、出陣前の祈りを捧げようとしたが、疲労がそれを許さなかった。
 

すぐに網にからめとられるように眠りの底深く引き込まれていった彼は、

遠くで柔らかな羽ばたきの音を聞いた。






部屋には縦長の隙間がいくつか切ってあるだけで、窓はない。

長い煙出しのついた炉と、その前に据えられた金床。

使い込まれたふいご。

炉の中では炎が挑発的に身をくねらせ、それに誘いだされた影たちが、石壁で乱舞している。

炎の色が届かない部屋の隅には、嵐が刻々と迫る空のような、不穏な暗がりがあった。

不恰好な棚は、びっしり並んだ鉢や壷、植物、鉱物その他数々の得体の知れないもので溢れんばかり。

そして、もっと奥まった処には、更に深い暗がりが澱んでいた。


突然、跳ね蓋が上がる音がして、汚れた革の胴着と、足首まで届く前掛けをつけた老人が、闇の中から姿を

現した。

眩く輝く何かを、両手に捧げ持っている。

それは、節くれだった手におよそ似つかわしくない、贅沢な作りのロザリオだった。

碧玉、紅玉を連ねた数珠の中央で、クルスが七色の不思議な光を揺らめかせている。


ひょこひょこと体を傾げながら炉の前にたどりついた老人は、ロザリオを炎にかざした。

白濁した目を凝らして左見右見していたが、やがて満足げに鼻を鳴らし、前掛けから取り出した鹿皮で、それ

を丹念に磨き始めた。



ややあって、扉を密かに叩く音がした。

「お入り」

老人の声を受けて入って来たのは、マントのフードを目深にかぶった小柄な人物だった。

老人が、訪問者から重たげな金包みを受け取り、それと引き換えにロザリオを手渡して、車軸のきしむような

声で言う。


「お女中。奥方様に、しかとお伝えくだされ。『炎が真実に導く』と」

女は無言で頷き、胸元深くロザリオを忍ばせて、背を向けた。

小走りの軽い足音は遠ざかり――  






再び近づいてきて、すぐ傍らで止まった。

「こちらにおいでになったのですか、陛下」

その声で現実の世界に引き戻されたフレゼリクは、自分の肩先からふわりと飛び立った白鳥が、丸天井の横

木に止まるのを見た。

声の主は、年老いた修道士だった。


「あなた様の従者殿のために、祈りを捧げに参ったのですが……ちょうどようございました」


老いのために小刻みに震える指先が、腰の縄帯からはずしたロザリオを見て、

フレゼリクは息をのんだ。

「なんと! これは、今、私が見ていた夢から抜け出てきたとしか思えぬ!」

「夢、と仰せられましたか? 

いえいえ、こちらは先ほどグィード殿より託された物でございます。身代わりとして戦場にお持ちください、との

ことでございました」



修道士は、痩せ細った腕をぎごちなく伸ばして、王の首に、それをかけた。

フレゼリクは、輝くクルスをたなごころに載せて、つくづくと眺めた。
 

それは、うつつの世界においてもやはり、周囲に滲みだすような、揺らぎの光を放っていた。



「これがグィードのものだったとは……しかし、何故あなたが?」


「先ほど、アクセル公のお召しで、あの方の最後の告解に立ち会ってまいりました。本来ならば司祭様がお出

ましになるべきなのですが、急を要されるとの仰せで」

 
フレゼリクは慄然とした。


「そのような命令を出した覚えはない。まさか……すでに刑は執行されたと?」

「こちらに戻ってくる途中で、牢に向かう刑吏に行き会いました。おそらく今頃は――」

 
消えいるような細い声にもかかわらず、老僧の言葉は氷の刃となって

王の鎖帷子の胸を貫いた。

「何ということを!」

叫ぶなり、フレゼリクは手負いの牡鹿のように身廊を駆け抜け、礼拝堂の外に飛び出した。
by jalecat | 2013-04-16 00:28 | 夢見の鳥

夢見の鳥 {Ⅴ} 

 

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アスケル山から吹き下ろす寒風に身をさらし、城壁塔に立ったフレゼリクは、自国の軍団が敵軍をむかえ撃

つべく集結しているダウリー平原を見下ろしていた。
 

日没前に、野営地のあちこちから立ちのぼっていた煮炊きの煙に代わって、今は松明や篝火が、無数の赤い

点となって闇深い広野に揺れている。

時折、どっと上がるときの声や荒々しい唄の一節が、風に乗って聞こえてきた。
 

 
ここ数日、不眠不休を通して来たにもかかわらず、決戦前の興奮でフレゼリクの目と頭は冴えきっていた。

そして胸には、生きている限り忘れえぬ言葉が、しんしんと燃えていた。

「ご武運を、陛下。この身が失せても、あなた様をお守りいたします」
 

城内に霜の匂いが満ちた朝、グィードはそう言い残して自ら主塔の地下牢におもむいたのだった。

 

冷たい月光を浴びて居並ぶいくさびとの中央に立ちながら、フレゼリクは世界から切り離されたような孤独を

感じていた。

ふと、数ヶ月前の記憶が脳裏をよぎる。

今宵と同じ満月のもと、黒森から誘いかけるナイチンゲールのさえずりに胸をふるわせた黄金の夏――

あまりに短い季節。



やるせない感傷と、それがもたらした最後の迷いを封じ込め、フレゼリクは腰に佩いた剣の柄を握りしめた。

 
開戦の前に人質に見せしめの死を与えねばならない。

それは、まだ年端も行かぬ頃、「どうあってもこの者を小姓にください」とせがんで、亡き父王を困らせた彼が、

負うべき責めでもあった。


「牢に行く。長くはかからぬ。誰か供をせよ」

見事な髭をたくわえた壮年の騎士がそれに応じ、松明を掲げて後に従った。
 

塔の長い回り階段を下りきったところで、フレゼリクは騎士を振り返った。

「思い出したぞ。そなたは、たしか、城代のゼノ候の旗下であったな。オードニムの領主……クロンクビストと

申したか」

「さようでございます」

短く答えて見詰め返す澄んだ目には、若い君主を気づかう色がありありと見えた。



衛兵たちが天をも焦がす勢いで篝火をたいている居館の中庭にさしかかると、王家の執事が、緊迫した面持

ちでフレゼリクを待っていた。


「陛下、イルメリン様がお見えになりました。至急、お目にかかりたいとの仰せです」

「姉上が? どちらにおられるのだ」

 

すぐに、居館の入り口に、ほっそりと丈高い姿が現れた。


フレゼリクが敬愛する、聡明にして勇敢な長姉は、白銀の胴鎧をつけた戦装束だった。

嫁ぎ先の公爵家から馬を飛ばして駆けつけてきたのだろう、兜から流れ落ちる亜麻色の髪は乱れ、瞳が暗く

輝いている。

大股に近づいてきたその足元に、どこからともなく舞い降りたオリグルが、純白の優美な羽をたたんだ。


「陛下。英邁なる弟君。かかる火急の際に、お煩わせすることをお許しください」

「護衛も連れずにおいでになったのですか。義兄上は、すでにダウリーに陣を張っておられます。ご用がある

のなら、伝令を出しましょう」

「いいえ、私は城代とともにこの城を守るつもりで参りました。ですが、少々気にかかることがあってお目通りを

願ったのです」

イルメリンが手をさしのべると、白鳥はふたたび羽ばたいて、革の肘当てをつけたしなやかな腕に止まった。



「このオリグルが、私には、何やらもの言いたげに思えてなりません。皆が申すには、陛下はこの戦を予見し

ていらしたとか。

やはり『鳥の夢』をご覧になったのですね」

「シグルが暗示をくれたのです。忌まわしい夢でしたが、確かに国の守りには役立ちました」


言葉にこめられた苦みを察したのか、イルメリン姫は弓なりの眉をひそめた。

「では、オリグルはどのような夢を?」

「見ておりません。最近ではほとんど眠る暇もないのです。眠れたとしても、今は、夢など見たくもありません」

「これは、異なことを。

シグルがあなたに未来を示したなら、オリグルも伝えるべき過去を持つのでは。

しばしお休みなさいませ。そして、オリグルの声をお聞きください」

 

フレゼリクの焦燥は、常ならば素直に耳を傾けるはずのイルメリンの進言を退けた。

「私が知りたいのは、未来のみ。今更、過去を知ったとて、何の足しになりましょう。

まして出陣が迫った今、私には小指ほどの蝋燭が燃えつきる間も惜しいのです」



王家の娘は、硬質な眼差しをふと和らげて、血気にはやる弟を諭す、姉の顔になった。

「いいえ、フレゼリク殿。いにしえより、鳥の夢は対で見るもの、と伝えられているはず。

思い起こされませ、夢をないがしろにして身を滅ぼされたビョルン王を。

そして、夢解きを誤って国難を招かれた曽祖父様を。

鳥たちの暗示には何の思惑もありませぬゆえ、決して御心を閉ざされてはなりませぬ。

グィードを惜しむあまりに、そのご慧眼を曇らせて良いものでしょうか」
by jalecat | 2013-04-12 00:39 | 夢見の鳥

夢見の鳥 {Ⅳ}



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今から遡ること、十五年。

ユングバルドに戦をしかけて敗北したトゥーラン王は、金九百万バームとともに、服従のあかしとして三番目

の息子、グィードを差し出したのだった。



今の今まで、その事実は、フレゼリクの頭の片隅に追いやられていた。

長い年月、グィードがあまりにも身近にいたためかもしれない。 

彼は、この瞬間、黒鳥が暗示した未来を、はっきりと予見した。

 
無言で、背後の従者を振り返る。

かちりと視線が合った鋼色の目は、なぜかすべてを理解しているように見え、フレゼリクをたじろがせた。
 

強い絆を育んできたこの男を、あやめる――

それは、とりもなおさず、トゥーランとの二度目の戦が迫っていることを意味しているのではないか。

戦火を交える国の人質ならば、生かしておくことはできまい。


言葉を失ったままのフレゼリクに、従者は鋼の瞳をやわらげて軽く頭を下げた。

「薬酒をお持ちいたしましょう。よくお休みになれますよう」

 

                               ***



 従者がたどるべき不吉な運命は、ユングバルド全土にふりかかる危機をも意味していた。

 
領地をめぐる他国との小競り合いは、日常茶飯事だったが、ユングバルドとトゥーランの和平は、長期にわた

って保たれていた。

この期におよんで、トゥーラン王が反旗をひるがえすとは考えがたい。


戦の可能性を否定する一方で、フレゼリクは、緊急の事態にそなえるべく、粛々と準備をすすめた。

国境に近い山城や砦をあずかる重臣たちに、警護を強めて兵糧の備蓄を急ぐよう命じ、その上で緘口令を敷

いた。

東の国境を接するドルムノールには、かねて争っていた領地の一部を与えることを条件に、開戦のあかつき

には中立を守るよう、密約をかわした。

 
 


次の満月を迎えないうちに、フレゼリクの夢解きはにわかに現実味をおびてきた。

トゥーラン王グスタフ急死の報が、早馬でもたらされたためである。


葬礼が終わると、通常の服喪期間を経ずに、次子のグンナルが凡庸な嫡子をさしおいて、冠を戴いた。
 

グンナル・カールフェルトには、常に野心家の風評がつきまとっていた。

愛妾との間にもうけたグィードを慈しんだ父王と違い、人質の烙印を押された弟の安否など、気にかけるよう

な男ではない。


グンナル即位の知らせに追い討ちをかけるように、かねてよりトゥーランに潜伏させていた手の者から、次々

に密書がとどいた。
 

それによると、グンナルは近隣諸国から強者の傭兵をつのり、着々と開戦の準備を整えているという。


 
 

この頃にはすでに、城内のそこかしこで戦の噂が囁かれはじめていた。

フレゼリクは臣下を集めて正式にこの大事をつげ、対策を謀らねばならなかった。
 

軍議は、連日、深夜にまでおよんだ。
 

                              ***



城内に漂う空気は、日ごとにものものしさを増していった。

武具師がふるう槌の音が間断なく響くようになり、夜明け前から日没後まで、あわただしく城塞の大門を出入

りする荷車の音や、ぞくぞくと到着する騎士を迎える人びとの歓声、軍馬のいななきがそれに加わった。


 
今しも、風雲急を告げるかと思われるなか、ひとり、フレゼリクの懊悩は深まっていった。

今やトゥーランの造反は動かしがたく、グィードの進退はきわまっていた。


(それ、見たことか。そもそも、人質を従者になどするからだ)
 

そう言わんばかりの大叔父、アクセル公の、したり顔が目にうかぶ。

彼のように、グィードに向けるフレゼリクの寵愛を、以前から苦々しく思っている貴族も少なくない。

人質の扱いに私情を挟んでは、臣下へのしめしがつかぬ。

ひいては、規律を重んじる騎士たちの士気にもかかわろう。

 

しかしフレゼリクは、「人質を投獄すべきである」という重臣たちの進言に、耳を貸そうとしなかった。
 

一方、グィードも平素とまったく変わらぬ様子で、淡々と務めを果たしていた。

 
 
                               

                              ***



ついに、ある夕べ、視察におもむいた武器庫で、フレゼリクは供をしたグィードに密かに告げた。


「今宵のうちにドル・アレン河を渡ってトゥーランに逃れよ。もはや、私にできることはそれだけだ。

ホルムの船着場に、手の者が待っている。のちの懸念はいらぬ」
 


短剣の鋲のゆるみを点検していた従者は、手にした刃と同色の瞳を、主に向けた。

「武門のほまれ高いブランドレル家の当主ともあろうお方が、ご自分の従者に、闇に乗じて逃げよ、

と仰せとは。

おそらく、先の長雨が、あなたに臆病風を吹き込んだのでしょう」

 
フレゼリクは頬が熱を持つのを感じた。

「言葉が過ぎるぞ、グィード。これは命令だ。そなたに否を唱える権利はない」
 

従者の口もとに、興がっているような笑みが浮かんだ。

「そのようなお顔を見るのは久しぶりです。あなたはここしばらく、私に心を開いてくださらなかった。

願わくは、もう一度、あなたの笑顔を拝見したいものです」


「私はもう、笑うことなど忘れてしまった。それもこれもみな、言いつけをきかぬ傲慢な従者のせいだ」

 
 グィードは微笑を消して、威儀を正した。

「死を賜ります、陛下。常にこの日を覚悟して、お仕えしてまいりました。

戦場であなたの盾を持つことがかなわぬ今、私の命など、ご愛馬マーダフのそれにもおよびません。

どうかこれ以上、御心をお痛めくださいますな」
 


若く、誇り高い王は、生まれてはじめて他人に懇願した。
 

「戦になろうとも、そなたを殺めた手に振るう剣はない。

グィード、頼むから生きながらえてくれ。そして戦の場で、私と正々堂々、勝負するのだ」



「私が帰還すれば、兄は、難攻不落といわれるこの城の弱点を何としても聞き出そうとするでしょう。

協力を拒めば、邪魔者の私など生かしておかぬはず。

しかし、この私に、今や故国同然のユングバルドを裏切ることなどできましょうか。

どうせ失う命なら、忠誠を誓ったあなたの手で――」


「ならば、どこへでも好きなところへ行け。そなたほどの男なら、この先、名誉も恋も思いのままだ。

預かっていた命を返そうというのだ。なぜ素直に受け取らぬ」


「預かっておられるのは私の命だけではありますまい。

王が公正であってこそ、兵はおのれを捨てて戦えるのです。

歴代の国王陛下のように、あなたは、このユングバルドを勝利に導かねばなりません」

 
 

静かな声音は、傷ついた心を抱きとって赤子のように揺すった。

フレゼリクは、冠をいただくにのみふさわしい、誇り高いこうべを垂れた。

すでに、血をわけた兄弟とも思う男の決意を、翻す言葉は尽きていた。
by jalecat | 2013-04-09 02:10 | 夢見の鳥

夢見の鳥 {Ⅲ}

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「いや、まだ起きている。蝋燭を足してくれぬか」

フレゼリクが答えると、

「はい、ただいま」

城主の居間に入ってきた長身の青年は、機敏な足どりで音もなく歩きまわり、壁のくぼみに据えられた燭台ご

とに、新しい蝋燭を継ぎ足した。

最後に主の卓の上に、つややかな極上の一本を。

 
蜜蝋の甘い匂いがただよい、ゆらめく炎が従者の端正な顔を照らしだした。

華やかな印象こそないが、いかにも高潔な面差しだった。

貴族の姫から料理番の娘まで、城内の女たちがこぞって彼に熱い視線を投げるのを、フレゼリクはだいぶ前

から気づいていた。

まだ分別のない十七、八の頃は、それをひやかしの種にしたこともあったが、彼は主の軽口や冗談を、

そのつど、実にやんわりと受け流したものだった。




「雨音が聞こえなくなったようだが」

「さきほど所用で外郭に参りましたが、ほとんど上がっておりました。外をご覧になりますか」

 窓辺に歩みよった従者が鎧戸を開けはなつと、たちまち、濡れた土の生き生きした匂いが吹き込んできた。

おりしも、空には久しぶりの月が現れるところだった。

 
縦長の雲の帯が、濃く薄く周囲をとりまいていたが、それが風に吹き上げられて次々と高みへ移動し、

そのために、冴え冴えとした輝きを放つ満月は、雲の渦のなかを、ゆっくりと落下するかに見えた。


「あの月を見よ! まるで井戸の底に落ちていく銀貨のようではないか」

思わず感嘆の声を上げた主の背後で、従者は小さく笑った。

「まことに。ならばあの銀貨は、さしずめ、あなた様ということでしょう」

これにはフレゼリクも苦笑せざるをえなかった。

 

七つの時、古井戸に落ちて、まる一日、行方知れずになったことがある。


それをほのめかす相手に、

「銀貨は二枚だったはずだぞ、グィード」

負けじ、と言い返す。

 
当時、小姓だったグィードも、王子を救おうとして共に落ちたのだった。


さいわい枯れ井戸だったが、どうあがいても、抜け出せない深さだった。

少年たちは、なすすべもなく、丸く切り取られた空を見上げるほかなかった。
 

さらに悪いことに、夜半過ぎに降りだした初雪のせいで、翌朝、探索の兵に見つけ出された二人は、芯から凍

え切っていた。

 今、フレゼリクはその時の心細さと、マントにくるんだ彼を一晩中抱えていた華奢な腕のぬくみ、

『必ず、助けが参ります。ご案じ召されますな』

そう元気づけるグィード少年の声を、まざまざと思い出していた。


(そうだ、足を踏み入れる者もない、先祖の狩場に誘い出したのは私だった)

 
それなのに、グィードひとりが、人々を騒がせた罪を背負い、さんざんに鞭打たれた。

それは、『隣国・トゥーランの第三王子』という身分に生まれついた彼にとって、かつて経験したことのない辱め

だったはずだ。
 


その屈辱に甘んじねばならなかったのは、彼が、ここ、ユングバルドの人質だったからである。
by jalecat | 2013-04-05 00:31 | 夢見の鳥

夢見の鳥 {Ⅱ}

 

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ブランドレル家は代々、明君を輩出してきた家柄だったが、その繁栄を確たるものとしたのは、

『ユングバルドの至宝』と呼ばれる二羽の鳥だった。

優美にしだれる尾までを測れば、人の身丈ほどもある、威風堂々たる大鳥で、その羽毛の放つ艶と輝きは、

光の加減で千変万化するために、白と黒のつがいは、それぞれ純白であって純白でなく、漆黒であって漆黒

でない、不思議な色あいをまとっていた。

彼らがゆるゆると波うたせる翼からは、さいはての空に揺らめくオーロラの幻影が生まれ出るかと思われた。


しかし、このつがいが「至宝」と呼ばれたのは、その優美な姿のためだけではない。

ブランドレル家の当主が眠っているあいだに、その体に触れて夢を見せるという、不思議な力を秘めているか

らだった。
 

黒鳥シグルは、これから起こるできごとを、
 

白鳥オリグルは、今は過去となったできごとを。


夢は暗示に満ちたものだったが、つねに真実を映し出すと言われていた。

そして、その夢を正しく読み解くには、神秘に呼応する力と、敬虔な心が不可欠である、とも。



                              ***



黄金の陽光と、深い緑に彩られた短い夏が終わり、城は秋霖に包まれるころだった。

その長雨が運んできたかのような難題に、若い君主の愁眉は開くことがない。
 

夢は彼に衝撃を与えたが、いつまでもそれに拘泥しているわけにはいかなかった。

一国を統べる責務は重い。

黒鳥が見せた夢は、近い将来、ほぼ的中するはずだった。




 フレゼリクは、代々の王がしてきたように、夢解きに心をかたむけた。

頭の中で、短い夢の一部始終をくりかえしたどっては、長々とため息をつく。

 
(やっかいな夢だ。やっかいな鳥め。なぜ、こんなまわりくどい夢を見せる?

私の、王としての力量をためしているのか!)

居ても立ってもいられず、寝椅子から起きあがると、止まり木に羽をやすめていた黒鳥と視線があった。

感情のない、それでいて底知れぬ叡智をたたえた、丸い瞳。


(なんという目だ。おまえはいったい何を望む?)
 
 

不意に芽生えた嫌悪の情をふりはらうと、フレゼリクは、ふたたび夢解きに思いを集中させた。
 

主が非のうちどころのない従者に死を与えるとしたら――

それは、彼がよほど重大な失態をおかすか、あるいは裏切りをはたらいた場合だろう。
 

だが、沈着で思慮深く、忠義心の塊のようなグィードに、この二つの理由があてはまるとは思えない。


(恋だろうか)

ふと、そう思った。

(運命の女にとらわれると、男は、別人のように愚かになるという。

たとえ、無双の勇者、比類なき賢者と呼ばれようと、そのために身を滅ぼした男は少なくない)
 


その時、扉がほとほとと叩かれ、ためらいがちなグィードの声が問うた。

「陛下、おやすみですか」





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by jalecat | 2013-04-02 10:26 | 夢見の鳥